今ゆうり作品☆『寒椿』(2)発売開始★
新刊案内 | 01:31 | - | - | |
中条瀬雅作品 『幾夜愛されても ―交際申込書―』 発売開始★
 ikuyo



  プロローグ

 ほんの少しだけ寄り道、そのつもりが小一時間の遅刻へ変化するのは彼の家へ行く事に対して気乗りがしないから。
 金曜日の午後六時、虎ノ門にある店内完全禁煙のコーヒーショップの外へ設けられた二席しかない喫煙席へ座り、煙草を一服。
 道路に面したここで夏の夕暮れ時に家路を急ぐスーツ姿のサラリーマンや合コンへ出かける華やかなOLの群れを眺めながら、もう片方の手でテーブルの上へ置いた週刊誌のページをめくっているとメールが届く。
 読んだ所でどうせ、
『早く来ないと店が閉まる、
 買い物はどうする?』
 という問いかけだけ、だから読まない。
 何故遅刻するのかなんて理由も聞かず、ただ自分の都合ばかり押し付けて。
 今日もそう、学生時代の友達に誘われた合コンの約束が入っていたのに仕事が一段落して週末を休む事にしたからと突然呼び出された。
 お陰でサンプル採取が出来なくなった、そんな思いで小さく溜息を漏らしていたら、不意に声を掛けられる。
「その週刊誌、面白いですか?」
 チラッと横を見れば、黄色い派手なトランクを脇へ置いたTシャツ姿の若い男が微笑んでいた。
 年齢は二十歳を少し過ぎた位、顔立ちはほんの少しだけ上品さを感じるもののやんちゃ坊主がそのまま成長し色気付いたような感じで、上へ向けてわざと乱した髪の色は黒い。
 軽く観察を済ませ、灰皿へ煙草を押し付ける。
「俺、日本へ帰って来たばっかで。その週刊誌貸してくれません? オネーさん」
 冗談じゃない、ほとんど読んでいないのにと思ったものの人懐っこい笑顔で語りかけて来たので無視する訳にも行かずにそのままバサッと渡してやる。
「ありがとー、うわー二週間ぶりの日本の雑誌! 俺ついさっきまでカナダへ留学してたんですよ、で、その留学の手配をしてくれた外務省の叔父の所へお礼を言いに来てて」
 聞きもしないのに自分が短期留学をしていた事や、親戚の話までし始める男に面食らいながらも二本目の煙草へ火を点けた。
 これを吸い終わったら雑誌はくれてやり、そのまま行かざるを得ない場所に鈍る足で行こうと決めながら。
 若い男もそれにつられたのか煙草へ火を点け、煙を吐き出すと二つの白い影が縺《もつ》れて空間へ消えて行く。
「俺、赤坂大経済の四年なんですけど、オネーさんは何の仕事してるんですか?」
「化学系」
「スッゲー、理系なんだ! どんな会社? もしかして受付嬢とか?」
 明らかにナンパだ、相手の事をまず探って会話の糸口を見つけてそこから解《ほぐ》して行こうというのだろう。
 返事が無いのもお構いなしにベラベラと喋り続け、いよいよ相手をするのが面倒になって来たので私は持っていたバッグの中を探ると一枚の紙を男の前へ差し出す。
「これ、記入して」
「何ですか?」
「申込用紙、私への」
 これはいつも持ち歩いていて、ナンパ・合コンを問わず私へ興味を持った男に対して渡し必ず記入をさせている書類。
 記入させる理由は自分がどんな男の興味を引くのかを分析し、尚且《なおか》つこれから迎えるであろう彼との別れに備えて完璧な恋人をこの中から選ぶ為。
 記入しなくてはいけない事項は氏名・連絡先・出身地・職業・趣味・志望動機の六つ。
 女も二十六歳になれば今後の幸せを考え始めてもおかしくはない、だが相手との交際の中でそれらを探り出す程非効率なマネはしたくないし、生憎《あいにく》そんな時間も無い。
 周囲からは、
『理系だから変わってる』
 などと言われるけれど、分析したがるのは学生時代に付いたクセのようなものだし、自分としては少しもおかしな事ではないはずだと思っている。
 普通の女だって出会い系サイトで男を探す時には条件で選んでいるだろうし、合コンに於いてもそれは同じだ。
 結婚相手にするなら高収入で、尚且つ見た目の優れている人間に限ると女なら誰だって一度ならずもそう嘯《うそぶ》くのに。
 ババは引きたくない、この先何十年と人生を共にするかも知れない相手を選ぶ時に。
 勿論、記入したからと言ってすぐに交際したりはしない。
 分析をした結果、興味を持てるようであれば後日こちらから連絡をして一次審査はごく普通に何回かデートをし、それで良ければ二次審査と進んで行く予定だけれど……。
 今までに一次審査を通過したのは五人中わずか二人、しかし二次には誰も進めていない。
「木原弥世《きはらやよ》への交際申込書ね、へぇー面白いですね! じゃ記入します」
 男は大学生ならではの旺盛な好奇心で申込書へ記入を始め、必要事項には無い箇所まで記載をした。
『氏名   忍田大地《おしだだいち》
 連絡先  090−○○○−○○○○
 出身地  東京都
 職業   来年の春就職予定の大学四年生
      カフェでのバイト
 趣味   運動全般・映画鑑賞
 志望動機 ドMなので弥世さんみたいな
      ヒトにイジメられたい
 誕生日  六月十一日
 血液型  B型
 性格   動物全般が好きで子供も可愛い
      と思える博愛主義者
 内定先  ユウヒ・ビバレッジ
 好きなタイプ 年上の美人』
 何のためらいも無く全ての記入を終え、どうだと言わんばかりの顔をしてこちらへ用紙を戻す。
「これでいいですか? なんかエントリーシートみたいで緊張したけど」
「緊張ねぇ」
「してねーか、アハハ……。それより、これ書いたし早速明日にでも遊びに行きません?」
「悪いけど明日も仕事なんで、審査していつか連絡するから、それじゃあ」
 時計を見ればもう七時、やはり一時間過ぎてしまったかと用紙をファイルの中へ入れて席を立ち、忍田大地へ手を振ろうとしたらギュッと肩をつかまれる。
「お姉さんの連絡先、教えて下さい」
「審査して良ければ後で連絡を」
「逃げないで下さいよ、ズルいなぁ」
「それなら申込書を返却する?」
 再びファイルを取り出して戻そうとしたら、押し留められた。
「持って行って下さい、それじゃ何にも始まらないし」
「分かった」
「本当に連絡待ってます、じゃあまた」
 面倒臭いタイプだなと思いながらカフェを離れ、駅へ到着し家とは反対方向へ向かう電車へ乗り込む。
 いつまでこんな事を続ければいいのか、いつ終わりにすればいいのかと胸の中へ煙草の煙のようなもやもやを溜め込んだまま。



作品の続きを読みたい/もっと詳しく知りたい






新刊案内 | 11:24 | - | - | |